2008年04月07日

のらりくらり妖怪を攻略せよ(弐)

「よろしくお願いいたします」
 N氏は挨拶をかわしながら、70歳前後のクライアントの女性をひとめ見て、
 これは危なそうだと直感した。ソワソワしていて落着きがない。
 心ここにあらず、といった印象である。
 だれでも初めて自分の本を出すともなれば、落ち着かないものだが、
 この「ソワソワした感じ」が実は厄介なのだ。

 ストレスをためこんでいるようだ。
 それを緩和することなく、取材にのぞんでいる。
 たいていこのタイプはこちらの話を聞かず、
 ひとりよがりにしゃべってしまい、取材に集中できない傾向がある。
 その結果、本にすべき内容から大きくはずれた世間話を
 本人が感情のままにしゃべり倒すという『独演会』となる。
 まさにこの日もその幕開け日となってしまったのだ。

 さっそくN氏はクライアントに問いかける。
「どういったお話にしましょうか?」
「う~ん。そうねえ……」
「今回、本を出したいと思われたのはどんな理由ですか?」
「う~ん……」
 ないのか! 心で歯ぎしりするN氏。
「では、本を出したいと思われるきっかけとなるようなことが
 あったと思うんですが」
「きっかけですか? そうですね、まあこちらに今の主人と
 越してきましたので、もう娘も巣立って結婚しましたし、
 まあ多少の、いえ、ほんとに多少ですよ、
 自由に使えるお金の余裕もできたものですから。
 まあ、主人もやっていいというもんですしねえ」

 ここでN氏はピンときた。今の主人、ということはバツ1だ。
 熟年離婚か。それとも死別か。とにかく、前のダンナとのあいだに
 なにかがあって、過去の清算がまだ心のなかで済んでいないのだ。
 心の底ではそれを書きたいにちがいない。
 あんな男のバカバカバカ! と100ページにわたって
 恨みつらみを書きつらねたいのかもしれないし、
 逆に、あの人がどんなに素晴らしい人だったか、今のダンナと
 どう違うかを本という手段で心おきなくぶちまけたいのである。

                 ~ 次回へ続く
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投稿者 Napori Takao : 07:00