2007年10月16日
潮風
私たちは階段のところにすわろうとしたが、ほかの男が
付近にきたので、田中は目線で「そとへ出よう」と合図してきた。
私たちは階段を下りて、建物のそとに出た。
見渡すことのできるエリアには、倉庫と道路とひからびた雑草しかなかった。
海に近いのだろう、排気ガスにまじって、ひんやりした潮の匂いがする。
すわる場所をさがしたが見つからず、私たちは
今出てきた倉庫の外壁に背中をもたせ、アスファルトに腰を下ろした。
「あ~」
田中はすわりながら顔をしかめ、腹の底から絞り出すような声を出した。
「今日、初めてなんでしょ?……どうでした?」
田中がタバコに火をつけながら、聞いてきた。
「キツイですね、ほんと。ふらふらしました」
「こんなにキツイとは思わなかった。前にここの夕方勤務を
やったことあるんですけど、そのときはこんなじゃなかったのに」
「そうですか」
「しかし、ここの人は、なんか普通とちがうよね。なんていうか、
みんなこんなとこでしか通用しないっていうかさ、へんだよ、ちょっと。
誰とも話をしないし……あれはできないんだな、内向的で」
温厚そうな田中の表情に、怒りとやるせない感情が入り混じっている。
「そのくせ、新しい人間には威張り散らしてさ。だって俺たち
初めてなんだから、わかるわけないじゃない、仕事のことなんて。
だいたい言いかたがあるよね、もうちょっとさ。あれはああいうものだから、
ここにおいてくれとかさ。あんな頭ごなしに怒鳴ったって、わかるわけないよ」
一気にしゃべって、タバコを強く吸いこんで吐き出した。
「自分が初めて入ってとまどった経験なんて、忘れてるんでしょうね」
言ってみてもはじまらない、と思いながらも私はこたえた。
今夜限りでここの仕事をするつもりはない。だから、自分が今夜さえ
乗り切ってしまえば、関係はない。それは田中も同じだろう。
しかし、彼の怒りはおさまらないようだった。
「ああはなりたくないよねえ。なんか人間としてすさんでるって言うかさ。
でもおかしいよ、社員がだれもいなくてバイトだけで成り立ってるなんて。
それも古いのが幅きかせてさ。なんか、こんなとこにいると人間として
ダメになりそうだよ、ほんと。よくやるよね、あの人ら、こんな仕事。
ほかにできないのかなあ」
最後は吐き捨てるように言った。田中は温厚だが、
怒りの感情にとらわれやすい男のようだった。この仕事をする
羽目になったのも、そんな気性に関係があるのかもしれない。
日雇い1日目03:45-04:00 ~ To be continued
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