2007年09月06日

別れの朝

 その晩、酒を飲んで平松はめずらしく荒れた。
「こんなタコ部屋、もうたくさんだよ! 俺はやだね、もうやだね!
 俺もやるよ! もういちど、家に帰るよ! 家から通うんだ。
 タクシー流すんだ! 早く女房と子どものそばにいてやりたいんだよ!」

翌朝。起床のベルの前に眼がさめた。
眠気もない。すがすがしい気分だ。敷地を歩いたが、
食堂の力士のほかはだれも起きていなかった。
門に立ってみた。守衛がいるわけでもないのに、
外に出られないまま、中に閉じ込められてきたのだ。

門を出ると、向かいの田んぼに靄がかかっていた。
オレンジ色の朝日がやんわりとのぼってきた。
門のそとはこんなに広かったんだな、と思う。

濃厚な緑の臭いが生理的欲求を高まらせた。
私は生意気な仕草でタバコに火をつけて、
口にくわえながら、田んぼと舗道のあいだに放尿をした。
青臭い空気とブレンドしたタバコの風味がうまかった。
シャバの空気は格別だ、とはこんな気分に似ているのか。

それからポケットに手をつっこみ、建物を見かえした。
初日にはのしかかってくるような威圧感にぎょっとしたが、
今となればトタン屋根のちっぽけなプレハブに見える。

濃密な時間だった。世話になった人にはまた会いたいが、
もう二度と会うことはないだろう。何人かはここに残り、
ほとんどの者は自分に定められた社会の片隅へ散っていく。
私にもこれからの人生が待っている。

ジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリー!
私にとって、最後の起床のベルが鳴り響いた。

      飯場生活22日目20:00-23日目05:00 ~ To be continued
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投稿者 Napori Takao : 07:00 | コメント (4)

コメント

この話題は病気と関係ないとは思いますが
私が長らく世話になったがんセンターと似てますよ。
現在は撤去されましたが、小さな喫煙所が屋外に数カ所ありました。
痩せっこけた一部の患者が深夜や明け方にも関わらず一時の快楽を求めに来る場所です。
今更適応できるかどうかも分からない俗世間が、やっぱり恋しくなるんですよね。

投稿者 fuk : 2007年09月06日 11:34

コメントありがとうございます。
fukさん、ごめんなさい。
ちょうど迷惑メールの設定作業をしていたら、
間違ってへんなほうにfukさんのコメントが入っていました。
せっかくコメントいただいたのに、すみません。

そうですか~そういうのを思い出しちゃいましたか。
読んでますよ、fukさんの日記。
うかつにコメントすると、
逆に気持ちが揺らいでしまったりするのかも、と考えて、
なかなかコメントできないんですけど、読んでます。
今朝もね、おせんべいの話!

投稿者 ナポリタカオ : 2007年09月06日 11:47

気持ちはある程度揺らぐ方が楽しいんですよ。
終着港までのコースがある程度知れてる場合は特に、
波風もなく真っすぐ進んだって舵を取っていてあんまり面白くはありません。
乗員が自分ひとりの船だからお気遣いなくどうぞ。

投稿者 fuk : 2007年09月06日 18:37

そうですか、じゃ、これからは
コメント入れさせてもらいますね~
午後は台風が過ぎ去ったばかりの多摩川を見に行こうかな。

投稿者 ナポリタカオ : 2007年09月07日 10:14