2007年08月20日

移籍交渉

「刺し身なんかも?」
「ときどきだね」
「そうですか。寺本はそんなことないですよ」
「あ、そうなの?」
「卵に納豆だとか、安物のウインナーだとか、よくてカレーですから」

三木は東京暮らしが長いのか、訛の少ない言葉をしゃべった。
よくやっているひとり言は、声が小さすぎて青森弁なのか、
標準語なのかわからなかったが、ちゃんと彼はしゃべれるのだ。

内気に見えた老人が、実はほかの飯場の献立調査を
抜け目なく済ませていて、おなじ釜の飯を食う仲間が
まわりにいるのに、大胆にも移籍の根まわしをしている。

「まあ、三木さんがきてくれるなら、うちも歓迎するよ。
 でも満期明けに来てくださいよ、ね? うちも寺本さんとはさあ、
 ねえ、ほれ、いろいろの仲だから。引っこぬくとか、
 そういうことはできないからねえ」
「わかっとります。来週が満期ですから、それからにします。
 で、連絡先は?」

三木はしつこいほど、徳山組の電話番号を何度も
たしかめていた。のっぺりとした無表情は彼がつけていた
飯場のなかだけの仮面だった。その下には唾液をぬらぬらと
垂らした狡猾な怪物が潜んでいるようで、私は気分が悪くなった。

自転車を引いた中年女2人が、小学生を連れて通りかかった。
汚泥と脂で煮しめたような身なりの私たちを見ると、
一瞬、恐怖を浮かべたが、すぐに蔑んだ表情で見返してきた。
そんな反応に、思わずにらみ返したのは私だけで、ほかの者は
気にもとめなかった。蔑まれることに慣れてしまっているのか。
それとも、みんな、他人の反応など気にしないのだろうか。

仕事を終えて、飯場についたのはまだ5時すぎだった。
私たちは一番風呂に入り、一番最初に晩飯を食った。
近所の子どもたちが、まだそとで遊んでいる時間だった。
それだけでとても幸せだった。

      飯場生活14日目12:30-18:00 ~ To be continued
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投稿者 Napori Takao : 07:00 | コメント (2)

コメント

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投稿者 magazinn55 : 2007年08月20日 11:10

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投稿者 ナポリタカオ : 2007年08月21日 09:33