2007年07月30日

涙は娘のために

 こんどは平松が自分の話をはじめた。
「俺さ、ここにくるまえは建設会社の土工兼運転手やってたんだよ。
 運転手当も1日2千円ついたから、けっこう待遇もよかったんだけどね。
 それが、ついこのあいだ怪我しちまってさ」
 右足の甲をあげて見せた。
 中心に墨を落としたような黒い痕がある。

「作業中にここんとこ、やっちまってね。それで20日間休んでたんだけど、
 会社からは一銭も出ねえんだよ。もうア! タ! マ!」
 一字ずつ切って力をこめた。
「きたから『労働基準局電話するぞ!』って言ったら、ようやく
 金出しやがってさ。へっ! でもまあ、そんなことがあると
 会社に腹も立つわ、居づらくなるわで、やめたんだけどね」
 そして悲痛に声を高くした。
「でも、それからの職がねえんだよ!
 まだ40だってのに、雇ってくれる会社がねえんだよ!」
 温厚な平松がこんな強い口調で話すのは初めてだ。

 彼はしばらくして口を開いた。
「で、ようやく見つけたのがA駅のタクシー会社でね。
 10月からやることに決まったんだ」
「よかったね、平松さん」
 三崎が自分のことのように喜んだ。
「うん。A駅なら家から通えるし。ま、それまであとひと月半、
 短期で金になる仕事を探すしかないけどね」

 それから私にだけ言った。
「10月からA駅前でタクシー流してるからさ、用があったら寄ってよ!」
 このメンバーのなかで一般社会にもどり、タクシーを
 使いそうなのは私だけだと思ったのだろう。
「はい」
 私は静かにうなずいた。

平松は酔うほどに、家に残してきたひとり娘が気になるらしく、
「かわいそうだ」「かわいそうなことしたなあ」とつぶやいては
涙眼になり、コップ酒を傾けた。

      飯場生活10日目11:30-12:00 ~ To be continued
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
人気blogランキングへ
 ↑ ↑ ブログランキングに参加しています。クリックで応援いただけるとありがたいです。


投稿者 Napori Takao : 07:00 | コメント (0)

コメント

コメントを送ってください




ログイン情報を記憶しますか?

(スタイル用のHTMLタグが使えます)