2007年07月16日

第11章 盆休み ~涙の風呂場

だれもいない風呂場で、初めて大きな檜の浴槽に入ってみた。
最後なので、白い垢がところどころに浮いている。
風呂はまだ熱かった。湯の重さが背中から肩を抱くように
包みこんでくる。そのやさしさに疲労と感情が、
内面からバターのように溶けだしていく。

さっき、牽引されながら軽(自動車)とすれちがった。
あれは実家の母親がこのあいだ買った車とおなじ型だった。
心配性の母は、私がこんなところにいるのを知ったら、
卒倒するばかりに驚いて、あわてて伯父さんに電話をするだろう。
それからいつものセリフを言うだろう。
「お父さんが生きてたら、あんたに大学やめるなんて言わせなかったのに。
浪人して、もう一度大学受けなおしてみたらどうなの」
あれを泣きっ面で言われると本当にこたえる。

もし私がこんな東京の片隅で事故にあったら、母は
どう思うのだろう。死んだらどれほど嘆き悲しむのだろう。
またいつものように自分自身を責めるんだろうか。

親の愛情をうとましがって、自分の力でなにかを
やりとげたいと気がまえても、気落ちしたときに浮かぶのは、
親の顔だ。結局、自分は自立できない人間なのだ。
情けなさで涙が流れた。

おなじ東京の空の下で大学生活を送る親友たちの顔が浮かぶ。
彼らも私がここにいることを知らない。
ひとりはのぞき部屋のティッシュかたづけのバイトを
今夜もやっているだろう。仕事のあとで店長がおごってくれる
居酒屋でのひとときが楽しみだ、と話していた。
もうひとりは「大学を卒業したら家業の米屋を継がなければ
ならない。だからそれまでに精一杯、遊ぶんだ」と合コンに励んでいる。

彼らの生きかたこそ、今を楽しむ19歳の人生そのものだ。
こんな吹きだまりで頭を垂れている自分より、充実した人生だ。
ここには学ぶものなどなにもない。
無責任な土工たち。心も凍るような菅谷のあの眼つき。
人間として強くなろう、などとする以前に、
こんなところにいればいるほど、気持ちがすさんでいくだけだ。
飯場に入ったのは間違いだったんだ。

      飯場生活9日目20:30-20:50 ~ To be continued
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投稿者 Napori Takao : 07:00 | コメント (0)

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