2007年07月05日
第10章 運転手失格 ~噂話
ラジオから甲子園の高校野球中継が流れていた。
中継があると土工たちはラジオに気をとられて、
運転に文句を言ったり、せかしたりしないのに気づいて、
私は車に乗りこむと反射的にラジオをつけるようになっていた。
試合は静岡県代表の高校が大差で勝っていた。
ジャイアンツと同部屋の土工が声をかけてきた。
「アンちゃん、静岡強いなあ」
「でもなかなかベスト8に入らないんですよ」
まさか2007年春の選抜大会で静岡県代表が優勝するなど、
予想もしなかった時代である。
私の出身を知っているのは同室の人間と黒谷だけだが、
どこからか、ジャイアンツ経由でこの男に情報が入ったのだろう。
若いくせにこんなところにいる風変わりな私は、飯場内でも
酒の肴になっていた。が、だれがどう言おうと、もう気にしなかった。
世間と接点のない飯場は噂話でもしながら
過ごさなければやりきれないのだ。
ジャイアンツが言った。
「サッカーにとられちまうんだろ?」
「おお、サッカー王国だからな、静岡は!」
これもJリーグが始まる、はるか以前である。
妙な理屈に感心したように、全員が納得した顔だ。
「あ、あのネエちゃん!」
30代の新入り土工が歩道を歩く女を見かけると、
ふいに窓を開けて、本人に聞こえる大声で叫んだ。
「いいケツしてやがんなあ!」
20代後半に見える、山猿のような顔をした男が
それを受けて、ため息をついた。彼も新入りである。
「そういえば長いことストリップ行ってねえなあ……」
すると、車内は重苦しい沈黙につつまれた。性的な話を嫌悪した
空気だったのか、それとも全員が自分の不毛な性生活を
直視してしまい、鬱屈した気分にでもなったのだろうか。
19歳の私には沈黙の意味が理解できなかった。
飯場生活9日目17:30-17:40 ~ To be continued
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