2007年06月30日

牡丹

金という鎖につながれ、目の前の土を掘る。
私にとっては飯場と現場の往復が社会そのもので、
それ以外は日本といえども外国同然だった。
別次元という感覚さえあった。飯場生活と一般社会の間には、
透明なビニールで覆われた厚い皮膜があり、金が欲しければ
満期までその膜の外側に出ることは許されない。
だから、向こう側の景色はどこか自分と一体感がなく、
まして現実感もなく、セピア色をしているように感じた。

もし、日本という国がなくなっても、私たちは気づかず、
仕事がある限り、穴を掘りつづけているのかもしれない。
木陰で横になり、私はふと、こんなことを考える余裕のある
自分に驚いた。今まではその場、その場の対応で必死だったのだ。

 そばに若い男が来て腰をおろした。
「どうも。運転お疲れさんです。自分、昨日入った菊地っス」
 シャツのボタンをいくつかはずしていたので、
 喉元から胸がはだけて見えた。
 一瞬、彼がだれかに刺されて鮮血をほとばしらせている
 ように見えたので、私はぎょっとしたのだが、それは胸に彫られた
 刺青だった。手のひら大もある真紅の牡丹だ。

「あ、どうも、名堀です。よろしくお願いします」
 20代前半に見える菊地は、年下の私に丁寧な言葉をつかった。
「運転お疲れさん」と、気づかいをされたのも初めてだ。

「しかし暑いっスねえ。ここは水道、ないんスか?」
「はい。あっちに湧水ありますけど」
「ああ、さっき行きましたよ。でもあれじゃあね」
 苦笑すると、すぐに真顔になった。
「ちょっとつきあってくれませんか?」
「え?」

      飯場生活8日目12:20-12:30 ~ To be continued
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投稿者 Napori Takao : 11:12