2007年06月14日
第8章 去る者、戻る者 ~飯場のダンディ
弁当の飯はいつものように太陽に灼かれ、
できたてのチャーハンのように熱い。
なかで動いているはずの蟻も今日は全部死んでいた。
蟻をはらいのけて飯を食い、ろくに汗もかいていない
若い2人の測量士を遠くからながめた。
彼らは小屋の中でむかいあって立ち、蒸れた作業ズボンを
膝までおろし、暑い、暑い、とトランクスをパタパタとあおっている。
子どもじみたトランクスの柄と子どものような仕草は
妙に私の敵意をかきたてた。
「あのくそガキ……」
そのとき、サングラスの土工が横へすわりんだ。
「ああ、たまんねえなあ」
顔をしかめ、タオルで額の汗をぬぐう。熊沢という、ベテランだ。
「お疲れさまです」
あわてて挨拶した。さっき、彼らを「ガキ」と呼んだのを
聞かれたかと思い、身がちぢんだ。熊沢から見れば、私と
1歳くらいしか違わない測量士など、どちらもガキだろう。
熊沢はいちど車に乗せたことがある。伊藤老人とおなじ
鳶職なので、現場で顔をあわすことはない。背丈は低く、
堀りの深い顔に多くの皺がきざまれている。50前後だろうか。
彼は毎朝、現場に出るまえに洗面所でしっかりと歯を磨き、
鏡を見ながらヘアリキッドをつけ、櫛でとかし、安物のコロンを振りかける。
作業服はだれもがたいてい着古した半袖シャツやTシャツを
着まわしするのだが、彼は着古したものであっても、茶色やグレーの
色ちがいの襟付きシャツを身につけ、スラックスを履いていた。
そしてレイバンのニセモノのようなサングラスを、
好んで車内や休憩時間にかけていた。
俺はほかの連中とは違う、という自負が熊沢には感じられたが、
やはりその身だしなみは飯場には場ちがいであり、
見ようによっては滑稽にも見えた。ジャイアンツが車内で、
「あれ、今日はどちらへおでかけ?」と言ったり、
『ミスター・ダンディ』と陰で仇名をつけられていることを
知っても相手にしなかった。そんな孤高の熊沢が
自分からだれかに話しかけるのは珍しかった。
飯場生活6日目12:00-12:20 ~ To be continued
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