2007年06月12日

平穏な帰路

 さっきとは変わって、おだやかな目で黒谷は聞いた。
「生まれはどこだい?」
「静岡です」
「ああ、静岡かあ」
 なつかしそうに眼をうるませた。
「静岡なら、俺も市内に3年ばかり住んでたことがあるんだよ」
「本当ですか」

 わけがありそうなので、事情を聞いていいのか迷っていると、
 彼は自分から話しはじめた。
「ヤクザの親分にちょっとめんどう見てもらってた頃があってね。
 しかし、静岡ってとこはいい人が多いなあ。みんなのんびり屋で
 人がよくて、疑うことを知らない人ばっかりだった。いいとこだったなあ」
「今はそうでもありませんよ」
「ハハハ、そうかい?」
 私たちは屈託なく笑った。

それから高校野球やサッカーの話になった。あとで知ったが、
飯場で初対面の人間にはこの話題から入れば、まちがいないのだ。
裏道に足を踏み入れたという黒谷だが、物腰はやわらかく、器の大きさを感じた。
私もいずれはこんな人間になりたい、と思った。

上空には夕日を反射する雲が見える。赤茶色の夕日が
フロントガラスにやさしかった。広大な麦畑の一本道を
家路にむかって車を走らせる農夫のような、やすらかな気分だ。
こんなのどかな運転ができたのは、この日だけだったが。

 飯場に帰ってすぐ平松にあやまった。
「すいませんでした、急に車が変わっちゃって」
「ハハハ、いいよいいよ」
「あんなことしてよかったんですか?」
「俺もここ初めてだからよく知らないんだけどさ、どうも
 あの黒谷って人は、ここで長いらしいよ。飯場じゃ、
 伊藤の爺さんの次に『顔』らしいから」

黒谷は現場でも昼飯はタヌキ、伊藤と3人で飯を食っている。
どうしてタヌキのような男と飯が食えるのか、理解に苦しんだが、
飯場暮らしが長いうちにタヌキと土工の調整役になり、
知らず知らずのうちにおたがい歩みよって……ということかもしれない。

それにしても私が出稼ぎ集団の一部につつかれていることを
話したのはだれなのか。考えられるのは黒谷に近い、
伊藤の爺さんだけである。あの爺さんよけいなことを、
と思いながら、内面からジワジワとうれしいような、
くすぐったいような感情が沸いてきた。
面と向かって礼など言おうものなら、
またプイッと助手席から外を向いてしまうだろうか。

      飯場生活5日目18:20-20:00  ~ To be continued
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投稿者 Napori Takao : 10:43