2007年06月01日

震えが止まらない

「こんなとこで事故したらつまらないよ。気をつけろよ」
 強い勢いで怒ったはずの男の目は、次の瞬間にはおだやかだった。
「はい、すいません」
 私は恐怖と感謝でなんども頭を下げた。
 男は黒縁眼鏡に口髭を生やし、長髪にパーマをかけていた。
 がっちりした骨太の体格。大きな瞳の奥には強烈な生命力があった。
 40歳くらいだろうか。怒鳴る迫力はあたりを一変させるものがあったが、
 たんなる感情的な人間ではないようだ。

私が怒鳴られたのが作業終了のきっかけとなり、土工たちは
持ち場に帰っていった。だれもが男の迫力にあてられたのか、
それとも大事故につながる瞬間に、自分たちも内心、身を正す思いでいたのか、
一人、また一人、妙なぎこちなさで離れていく。

 私はそのまま動けなかった。軍手をはめた両手を広げ、まじまじと見た。
「………………」
 あの人が声をあげなければ、両手が全部つぶれていた。
 両手をモルタルの下にはさみ、二の腕から下がグチャグチャで
 血みどろでになりながら、激痛に泣き叫ぶ自分の姿が浮かぶ。
 想像すればするほど、足がガタガタと震え、身がすくんだ。

それからほかの作業に移ったが、時間があけば、私はなんども
手のひらを見つめた。そのたびに悪寒が背中を走った。
このゾッとする感覚をいつまでも覚えていよう。
覚えていなければいけない、と思った。震えは一日中止まらなかった。

今でも、なにかあるたびに手のひらを見る。
彼が炎のように怒った顔を思い浮かべる。
あの日。あの時間。もし両手を失っていたら……
自分のだらだらと長い自分の生命線をながめながら、
感謝とともに、自分の手が生かされた意味を考える。

      飯場生活3日目13:30-20:00  ~ To be continued
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投稿者 Napori Takao : 09:52 | コメント (4)

コメント

毎日楽しみにしています。

投稿者 hasyos : 2007年06月01日 12:08

hasyosさんへ

コメントありがとうございます。
読書家のhasyosさんに楽しんでいただけるのは、
とても光栄に思います。ありがとうございます。
これからもよろしくお願いいたします。

投稿者 ナポリタカオ : 2007年06月01日 14:47

うぅ(つω`)
怒鳴る声に必死さが滲みでるものですよね。
大事な事。大切な事だと思いました。

投稿者 ユエ : 2007年06月02日 00:07

ユエさんへ

コメントありがとうございます。
これがあったから、「モノを書く仕事」を
ずっと続けられているような気がします。
ユエさんが☆に魅せられるのも、
なにか理由があるかもしれませんね~

投稿者 ナポリタカオ : 2007年06月02日 11:28

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