2007年04月06日
逃走願望
電車のなかで私は水野の近くに立ったが、
水野は赤ら顔の男と2メートルほど距離をとった。
表情はおだやかそうだが、視線をあわさず、会話を拒否する姿勢だ。
しかし、逃げられてもこまるのか、眼のはしでつねに男の気配をとらえている。
赤ら顔は猫背になって、唐草模様の風呂敷をだいじに抱えこんでいた。
電車の揺れのせいか、足元が本当にふらついているのか、
ときどき水野に近寄ってくる。そのたびに水野はよられた距離だけ
はなれるので、私もあわてて水野寄りに自分の位置をとった。
私たちは奇妙な集団だった。仲間のようにも見えただろうし、
そうでないようにも見えただろう。
野良猫が警戒しあいながら、微妙な距離を保つ緊張感に似ていた。
乗客は私たちの妙な気配にうつむいて、眼をあわそうとしない。
女子高生の2人組だけがこちらに気づかず、会話に熱中し、
屈託なく笑っていた。彼女たちの膝に向かいの窓から差し込む夕日が、
ゆったりした時間を投げかけていた。
私はやるせなくなった。俺は正しいんだろうか。
こんなことをやって、なにを手に入れたいんだろう。
水野はどこへつれて行くのだろう。だまされているんじゃないか?
売られる人間とは、こんなみじめな気持ちなんだろうか。
目の前の電車のドアが開き、乗客が降りていく。今なら逃げられる。
次の駅で、閉まる直前にとびだせば追ってこれないだろう。
これからなにが起きるんだろう。
恐怖が心にはりついて、のどがカラカラになった。
逃げたい、逃げたい、と迷ううち、A駅についてしまった。
駅を出ると、錆びだらけの赤いポンコツの車が待っていた。
男が運転席から降りて、私たちを迎える。これが世話役か。
神経質そうな三十代後半の男だったので意外だった。
その痩せた体は蟷螂を思わせた。
「じゃ、お願いします」と水野は会釈して去った。
雰囲気から察すると、やはり世話役が格上のようだ。
蟷螂男は気さくに声をかけてきた。
「飯場にこの車で送って行くよ。俺は世話役やってる堀内。よろしくね」
「よろしくお願いします」
私が頭をさげると、赤ら顔も口のなかでモゴモゴしゃべって頭を下げた。
「いろいろあったらいってね。あ、君はまえにすわって。あんたはうしろ」
堀内も言葉はおだやかだが、赤ら顔を寄せつけたくないという
意思をはっきり示している。どうみても労働力にならない男でもある。
なのに、なぜ雇うのだろう。私にはその理由がわからなかった。
飯場生活1日目 16:30-17:00 ~ To be continued
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昔、この作品を小説の懸賞募集に出したら、「ホームレスに対する目線がきつすぎる」と
批評を受けました。でも、これが19歳のときの正直な実感でした。
また、「浮浪者とホームレスは違う」という認識のうえで書いています。
読者のみなさんにも、ご理解いただけたら幸いです。
投稿者 Napori Takao : 10:26