2006年12月28日
恐怖のバス旅行(1)
静岡県のある小さな地方都市。
お年寄りばかりが十人ほど集まる旅行グループがある。
平均年齢75歳。
彼らは毎月、積み立てた年金で年1回、
国内のバス旅行をするのがならわしとなっている。
が、顔を合わすメンバーは年とともに少なくなっていく。
そう、お仲間がお墓に入ってしまうからだ。
さて、ともかく今年も生き残ったメンバーはバス旅行を決行した。
旅先に向かってバスが高速道路を走っているときだった。
突然、80歳のトヨさん(仮名)が叫んだ。
「入れ歯! 入れ歯がない! うちに置いて来ちゃった!」
周囲の者がいっせいに笑ったが、トヨさんにしてみれば深刻である。
「入れ歯がなければ食事もできない。旅行に出かける意味がない!」
というのである。
トヨさんは知人の携帯電話を借りて、慌てて自宅に連絡を入れた。
運良く、自宅にいた息子に事情を話す。
「高速を飛ばして、今すぐ入れ歯を持ってきて!」
スケジュール通りに動いているバスは止められない。
息子はせっかくの休日なのに、入れ歯をかかえて高速をすっ飛ばした。
しばらくすると、サービスエリアで30分の休憩がとられることがわかった。
「今のうちに追いついて! 早く!」
息子は必死に車を飛ばし、出発間際のバスに追いついた。
「お母さん、入れ歯!」
「はいよ!」
カパッと装填される入れ歯。
その瞬間、拍手と歓声が沸いた。
息子は赤っ恥をかきながら車へ逃げていった。
「まったくあんたは、そそっかしいんだから……」
トヨさんにむかって、友人のツネさんが笑った。
次の主人公が自分になるとも知らずに。
To be continued
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