2006年11月23日
前世を探求する意味
このころ、専門誌からジャズ理論の原稿依頼がくるようになった。
今まで、ラクをして生きていこうという考えだった私が、
専門分野とはいえ、数ページにもわたる原稿を書くのは苦痛だった。
自分の生涯で初めて感じるほどの辛さだった。
クラシックをジャズ風に編曲したうえで、編曲の狙いにたいする
オリジナル理論の説明も依頼された。
ある有名ジャズミュージシャンの写真集の日本語訳、
楽器(シンセサイザー)の分厚い取扱説明書の翻訳、
エネルギー関係の技術マニュアルの翻訳なども、四苦八苦しながらこなした。
編曲の仕事もしたが、すっかりライブ活動からはすっかり離れてしまった。
当時は、自分だけでなく、ほかの人の前世も見られた。
寝る前にその人の顔、性格を意識して、感受しやすい状態にしておく。
いろいろためしてみたが、名前や言葉よりこのほうが効力があった。
すると、その人の幼少の頃が見えてきて、
さらにさかのぼって、前世が見えはじめる。
頼まれて知人の前世を見たことがある。
本人は前世の内容と現在の環境を照らし合わせて、
なぜ自分が生まれ、今の環境に置かれているのか、理解できたと喜んでいた。
今では前世は見られなくなってしまった。
見なくてもいいかもしれない、という思いもある。
経験からいえば、かりに前世を見ても、
その人自身が改善しないと意味がないと知ったからだ。
悩みに悩んでいきづまったときは、原因を探求するのもいいだろう。
でも、なんのために生まれてきたのか、本人が意識しないまま、
前世の提示だけを求めるのは、ただのエンタテイメントなのだ。
ときにそのような風潮があることに私は疑問を感じる。
話がそれてしまったが、このあと私は
幽体離脱における最後の段階を迎えた。
それは初めて体験する、怖くて、とても美しい世界だった。
To be continued
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
☆人気Blogランキングに参加しています。
↑クリック、よろしくお願いしま~す
投稿者 Napori Takao : 12:06