2006年10月26日
第3章 自分という存在 ~センサー
日本社会では「先輩後輩」が重視されるが、
私はかつて、そんなものにおかまいなく大きな顔で歩いていた。
他人から嫌われることに、なんの恐れも感じなかった。
そもそも「好かれる」「嫌われる」という基準で自分の人生を生きるなんて、
無駄な時間を過ごしているとしか思えなかった。
「生意気だ」と言われれば言い返し、忠告にも耳を貸さなかった。
アメリカではこの行動がエスカレートした。
「私にそんなことを言ってるあなたこそ、××なんじゃない?
自分の悪いところも直さないで、他人の行動にあれこれ口を出すような人は
私にはいらないわ。これからもう話かけないで」
「人間関係がどうのこうのとか、ややこしいこと言うんだったら、
あなたと私の関係は、今この場で終わり。いいわね?」
こんな感じだった。
だからいつも相手はびっくりしてしまう。
平気でばっさりと相手を斬ってしまう私は、アメリカ人であろうと、
日本人であろうと、周囲から「変わってるヤツだ」と恐れられた。
でも、実際にはそうしなければ、自分自身が持たなかったのだ。
自分の内面との葛藤だけで精一杯だった。
人と会って話をすれば、その人の考えがイヤでも伝わってくる。
握手をすれば、その人の思念が私の体に入ってきて、
言葉として変換されてしまう。
いろんな経験から、のちに思念とは周波数であり、
人によって違うらしいとわかったが、この頃は混乱するばかりだった。
敏感なときは、相手が前に立っただけで、体に思念が入ってきた。
人の本音を感じてしまうということは、
だれを信じていいかわからないという迷いにつながる。
ミュージシャンから「キミはすごい才能を持ったピアニストだ!」などと
笑顔で誉めてられも、内心で「オレのほうが上だ」と考えているのがわかる。
社交辞令、言い換えれば「本音と建前」だ。
この傾向はアメリカ人にとても多いことに気づいた。
To be continued
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コメント
相手の心を読めるようになってみたいと思う半面怖い気もしますね。
投稿者 団塊世代が心と身体とお金の健康を考える!byヤスオ : 2006年10月26日 20:18
こんばんは。
本音とたてまえ、日本の専売特許だと思ったら、何とアメリカにもあるんですか。
投稿者 ひまわり : 2006年10月27日 01:10
ヤスオさん、ひまわりさんへ
コメントありがとうございます。
心は読めないほうがいいでしょうね~
読める人って、けっこういると思いますよ。
マイアさんは違いますが、
その才能を仕事にしている人もいるみたいですし。
2年前くらいに、あれ、この人、こっちの感情読んだかな?
読まなきゃこんなへんな行動とらないだろうな、
と感じた人もいましたね~
あ、これおもしろいから、いつか書きます。
投稿者 ナポリタカオ : 2006年10月27日 12:15
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