2008年07月04日

真実を書くな(七)

「イヤミさんはクライアントの気持ちを考えないんですか。
 これじゃAさんが納得してくれませんよ。
 『ここだけははずさないで入れてください』、ってとこばっかりに
 チェックが入ってるじゃないですか」
「そういわれても」
「こういう情報を載せたいから、Aさんは契約したんですよ。
 今さら、そんなこというなら、Aさんと最初に契約する時点で、
 こういう種類の情報は載せられません、ってことで、
 ちゃんと了解とっておくべきじゃないんですか? 説明してないんでしょ?」
「それは営業サイドでやってるはずだと……」

 やっているはずがない。営業がそれをしていたら、契約がとれないからだ。
 適当に丸めこんで契約したのだろう。
「これじゃ、不誠実ですよ。Aさん怒りますよ、きっと」
「いや、でも……」
「原稿を大幅に削るのはそちらの勝手ですけどね、
 イヤミさんからちゃんとAさんに説明してくださいね」

 N氏はイヤミの出版社から依頼されて書いているのだから、
 べったりとクライアント寄りになってしまうことはない。
 一応、義理だってある。だが、仕事の手順はきちんと踏むべきだと思う。
 出版社は契約の際、クライアントに対して、
 どこまでの内容が本に書けるのか、説明すべきなのだ。
 「あなたの望む内容が書けない場合もあります。
  その場合、当社での出版はあきらめてください」と伝えるべきなのだ。
 
 この場合、Aさんはそのような説明を受けていない。
 自分のいちばん書きたい内容が書けないのだから、イヤミが大量に
 情報を削り、Aさんに提出したら、問題が起きるのはまちがいない。
 そこで、イヤミには2つの選択肢がある。
①クレームがついたとたん、
  「ライターが書いたとおりですけど、なにか?」と部外者を装う。
②冷や汗を流しながら、事実のとおりにAさんに説明する。

 だが、①を選択させないため、N氏は
「こちらからもAさんに事情を説明する電話を入れておきます」
 とイヤミに釘をさしておいた。
 さあ、自分の保身と愛する会社のために、がんばれイヤミ!

                 これにて一件落着。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ↑ ↑ ↑ ブログランキングに参加しています。クリックで応援いただけるとありがたいです。

土日は連休します。また月曜日にお会いしましょう。

投稿者 Napori Takao : 07:00 | コメント (1)

2008年07月03日

真実を書くな(六)

「いちばん問題なのは、幕舎(軍隊の宿舎)で起きた火事のところです」
「なんですか」
「『火事で焼けた者は肉の屍になった。それを夢中で食った者がいた。
 食うもののない、異常な状況下であり、私は彼らをとがめる気にはなれなかった』
 とありますが、これは全部載せられません」
「遺族感情ですか」
「はい」
「だれがだれを食ったなんてこと、書いてないじゃないですか」
「それでも、そこで亡くなった方がいます。遺族からクレームがきます」
「それじゃ、事実をかけないじゃないですか」
「そうなりますね」

 イヤミは続ける。
「それから、残った肉片を埋葬したところの描写です。
 『心も体も疲れ切った我々に、供養という気持ちはもてなかった。
 嫌々ながら、ソ連兵に命令されて仕方なくやったのである』のところです」
「それがなにか?」
「仕方なく埋葬した、という表現が問題ですね」
「それが真実なんですよ。この表現の前後を読めば、
 精魂尽きた状態では心の余裕をもてなかった、という意味は伝わるでしょう」
「真実でも配慮は必要です。これが小説で仮名の形だったら、
 もう少し手を入れれば何とかなりますが、それでも配慮はします。
 でも、自叙伝としてのこの文章には問題が吹き出しそうです。
 そもそも人肉を食った兵士がいた、などは事実なんですか?」

 イヤミのこの発言に、とうとうN氏はキレた。
「当たり前でしょ! これは、著者が取材中に何度も涙を流して、
 ほんとに苦しそうに話した内容なんですよ! 
 クライアントを疑うんですか。ウソをいってるんじゃないかなんて、
 あんまりにも失礼ですよ」
 ヤイヤイヤイ! だまってきいてりゃ、おめえさんヨォ!
 いよいよN氏の逆襲だ!

                 ~ 次回へ続く
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ↑ ↑ ↑ ブログランキングに参加しています。クリックで応援いただけるとありがたいです。

投稿者 Napori Takao : 07:00 | コメント (0)

2008年07月02日

真実を書くな(五)

「そもそもこの先生ですが、亡くなったとはいっても、
 『晩年に勲章をもらっている』とありましたよね?」
「それが?」
「暴力教師だったなんて記述があったら、遺族がなんていいますかねえ」
 くう~! 世論にへつらうタイプめ。いや、自分の身がかわいいだけか。
「で、次は?」
 怒りをかみ殺して聞くN氏。

「村のお金を使い込んで自殺した村長が、実名で出てきます」
「著者が村長を責めてるような記述はしてませんけどね。
 昭和初期の話ですし」
「でも」
「遺族の問題でしょ? イニシャルにでもしておきますか」
「はい、慎重を期して」
 その言い草が官僚的なんだよ。
「それから次いきます」
 モチベーションがどんどんダウンしていくN氏。

「『いざ捕虜生活をしてみて思ったことは、坊主や学者に
 ろくな者はいなかった』のところです」
「彼らを卑下してると?」
「はい」
「でも、これは日本や世界中の坊さんや学者を指していってるんじゃなくて、
 収容所で、この人のまわりにいた人だけを指してるんですよ」
「わかってます。それでも誤解を受ける表現です」
「著者は強調して書いてくれっていってるんですよ」
「ご本人がそうでも、うちの会社が困ります。カットですね」
「けっ!」
 N氏は腹にすえかねて、大人げなく悪態をついた。

                 ~ 次回へ続く
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ↑ ↑ ↑ ブログランキングに参加しています。クリックで応援いただけるとありがたいです。

投稿者 Napori Takao : 07:00 | コメント (0)